静岡民家の会



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平成23年9月例会報告

産業遺産を訪ねる旅             平成23年9月17日(土)
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沖縄あたりを迷走している台風の影響で、静岡も朝、激しい雨が降りました。例会の予定は変更ないの?と問い合わせの電話が数本入りましたが…いいえ、行きましょう静岡民家の会例会は滅多に降られないんですよ、晴れ女も晴れ男も揃っていますから…
そして、やっぱり太陽が時折まぶしい程!!会員さんの日頃の行いが良いんですねっ、感謝です。








掛川から新所原を結ぶ天浜線は、元の国鉄二俣線。現在は第3セクターによる運営です。明治時代から鉄道は産業の発展のために欠かせない事業とされ、大正11年(1922年)掛川、二俣を結ぶ鉄道計画が立てられました。しかし、関東大震災の復興などもあり、国がこの工事に着手したのは、昭和8年でした。
 昭和10年(1935年)掛川から遠江森までの12,9㎞が開通。遠江桜木駅・原谷駅・遠江森駅ができます。翌、昭和11年に新所原ー三ヶ日(12,1㎞)開通。駅は知波田・尾奈・三ヶ日の3駅。引き続いて昭和13年に、三ヶ日ー金指(13,8㎞)が開通し 都筑・佐久米・西気賀・気賀・金指の5駅ができ、ついに昭和15年に遠江森ー金指(29,1㎞)が出来上がり、これで全線(67,9㎞)が開通したのです。もくもく蒸気を吐く真っ黒な機関車が優良な天竜杉を運んだことでしょう。
 時代が移って、鉄道の電化も進み、昭和28年には客車の車両がディーゼル車となりました。物資輸送の形も変わりトラック輸送が増え、貨物列車の長さは短くなっていったのです。昭和46年3月31日に「さよなら蒸気機関車号」として最終列車が運転されました。昭和60年3月、二俣線の貨物列車は廃止になりました。そして、その2年後の昭和62年3月14日、「二俣線さよなら列車」が運転され、国鉄二俣線の歴史は閉じました。その翌日、3月15日が「天竜浜名湖鉄道」の開業です。
 平成10年(1998年)12月、天竜二俣駅の構内施設が国登録有形文化財に指定されました。今に残る開業当時の姿をさらに後世につないでいこうというわけです。平成23年(2011年)1月、全線にわたり国登録有形文化財となりました。

「産業遺産を訪ねる旅」と題した9月例会、今日は全線乗り降り自由のフリー切符で、日本の近代化を支えた鉄道の姿を見ていこうと思います。さぁ、掛川駅から出発です。

桜木駅・原野谷駅・遠州森駅…二俣線開業時の最も古い駅舎。昭和10年築 木造平屋建、切妻造、厚型スレート葺。ベンチや木製建具、杢ガラスなども必見

車窓から駅舎を見ながら…40分ほどで天竜二俣駅に到着。
天竜二俣駅 
本屋…昭和15年築木造平屋建、切妻造、煉瓦葺。外壁は縦板張り 出札窓口が待合室に突き出す 船底天井

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運転区事務室…一部二階建て。葺土の上に煉瓦葺。外壁は杉板縦張り

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運転区休憩所・運転区浴場…事務室の裏手にあり、屋根だけの渡り廊下で結ぶ。
タイル張りの浴場の広さが当時の活況をもの語る。 ただし、本日は洗濯物干し場…

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機関車転車台…鉄製直径18メートル 建設当時は手動で回転させていた
 
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扇形車庫…木造 建設当時は6線だったが2線分縮小されている 
高架貯水槽…鉄筋コンクリート造6本の脚の上に70トンの貯水槽が載る 
揚水機室…木造 揚水ポンプと鉄筋コンクリート製の井戸も残っている 
プラットホーム及び上屋…木造平屋建、切妻造、波形鉄板葺。柱や梁に古レールを使い頑丈にしている。最も古いレールとして、明治44年(1911年)のアメリカ製。昭和4年八幡製鉄所のマーク入りのレールも見られる

遠江一宮駅の構内にあるお蕎麦やさんに行きます。掛川方面へ少し戻ります。のんびり…
遠江一宮駅…昭和15年築木造平屋建、正面右寄りに片流れの車寄せ。待合室に切符売場が突き出ている。当初のベンチが残っている

美味しいお蕎麦を味わって、近くを散策してお土産を買う会員さんたち。
再び乗車して西へ向かいます。

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気賀駅…昭和13年築木造平屋建、寄棟造、赤色洋瓦葺。外壁はモルタル塗り、腰タイル張り 木製改札窓口が残っている 待合室に作り付け木製ベンチ ベニヤ市松張り天井
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プラットホーム及び上屋…木造平屋建、切妻造、波形スレート葺。東端の2間は元乗降場待合室であった
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近在のお年寄りがベンチに腰掛けていました。「そうかね、遠くからありがとう。この駅は古いだよ、ここを見て…」と話してくださいます。嬉しかったです。ありがとうございます。
気賀は、姫街道と言われた東海道本山道の宿場でした。駅から少し歩いて気賀関所を訪ねました。有名な「東海道を歩いた象」は、この関所を通り江戸へ向かったそうです。沿線の人々は従4位に遇された象を安全に見送ろうと細心の努力をし、無事1ヵ月で江戸に到着したそうです。初めて象を見た人たち、さぞやびっくりしたことだろうな。。。
気賀駅舎内にはラーメン屋さんがあります。あれ!さっきお蕎麦いただいたばかりですけど…美味しかった!?!

この後は各自の自由行動。駅舎内のお店巡りを楽しもうか、奥浜名湖を眺めに行こうか、終点まで乗って行こうか…
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三ヶ日駅…昭和11年築木造平屋建、寄棟造、厚型スレート葺。正面右寄りに玄関が突き出ている独特な造り
木製の窓枠の西面の窓は3本レールで開閉する 待合室の西面一杯に当初の作り付け木製ベンチがあり、下校途中か、ジャージ姿の高校生が3人ソフトクリームを食べていました。 


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新所原駅…JR東海道線新所原駅と隣接(水色のがJRの駅)駅舎内にあるのは鰻屋さん!良い香り! が、さすがにもうお腹の限界で断念。。。

このほか、乗っていると見えないのですが、原野谷川橋梁・太田川橋梁・二俣川橋梁・天竜川橋梁・都田川橋梁・気賀町高架橋なども70年を越える歴史をもの語っています。

群馬・栃木を通る元国鉄足尾線「わたらせ渓谷鐵道」も産業遺産として登録文化財37件と有名ですが、それに次ぎ36件の文化財を数える天浜線。産業の近代化を支えた施設のいろいろを見て、さらに、刈り入れを待つ田んぼや、秋色の川岸など沿線の風景も相まって、日本の原点に触れたような心の落ち着く旅ができました。

                                 Ky。
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by sizu-min | 2011-09-17 23:08 | ・例会報告


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