静岡民家の会



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2010年3月例会案内

 3月例会のご案内   「民家で楽しむ…草笛」

草笛の音楽会を企画しました。わ、懐かしい!という会員さんもいらっしゃるのではないでしょうか。
子どものころ、草原で手にした葉を鳴らした思い出、おありではないですか…。

「静岡草笛の会」のみなさまにお願いしました。いらっしゃってくださるのは、5人の会員さん。
もう10年以上も研鑽を積みながら楽しんでいらっしゃるとの事。「影を慕いて」や「美しい天然」など、ポピュラーから、唱歌まで広いレパートリーをお持ちです。
…どんな草だと、音が出るのですか?―という質問(愚問?)をしましたら、何の草でも―とのお答えでした。柔らかい葉が音を出しやすいそうですが、ヤブコウジやベンジャミンや…とたくさんの葉で楽しまれているそうです。
もちろん、ご指導もお願いしました。さぁ、挑戦してみましょう!一曲くらい吹けるようになりたいですね。お子さん、お孫さん、お友だちもお誘いあわせて、腹筋を鍛えて(!!)お越しください。
素朴な、気持ちの良い午後の時間になりそうですね。

日     程 : 平成22年3月13日(土) 午後1時半から3時
会     場 : 登呂陣屋(静岡市駿河区 登呂遺跡水田跡西側・登呂博物館駐車場北側)
会     費 : 会員 1000円 (会員同伴一人まで1000円)
          会員外 1200円 
申込み・問合せ : 事務局 Tel:054-367-5666 Fax:054-367-6558
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by sizu-min | 2010-03-02 18:10 | ・活動内容、予定、お知らせ

2002年2月例会報告

野外建物博物館見学と吉原宿散策                     2010年2月14日〈日〉

2月の例会は、恒例のまち歩き。去年は浜名郡新居町を訪ねましたが、今年は東へ。富士市を探訪しました。
まず、古墳から江戸期の建物、近代建築までを集めた広見公園へ。車通りの激しい西富士道路からすぐの所なのに、樹木が繁る高台には、その喧騒を忘れさせてくれる爽やかな風が吹いていました。前日までの悪天候が嘘のようにおだやかな陽射し。つくづく…民家の会会員は「晴れ男、晴れ女」…日頃の行いが良いんですね。

ご案内は、公園内にある富士市立博物館学芸員の I さんにお願いしました。「平安時代までは、貴族以外のいわゆる庶民が住んでいたのは、みんな竪穴式住居ですよ」など、学識もユーモアもある I さんの説明に引き込まれながら、いくつもの建物を廻りました。富士山麓地方の民家の特徴をよく表している稲垣家は、養蚕をするために兜造(かぶとづくり)に改築した屋根をはじめ、寒い地方の生活や生業(なりわい)のための工夫が興味深いものでした。
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           稲垣家は、文化元年〈1804年)の棟札が残る。明治中期に養蚕のため屋根部分を改築

また、東海道筋の旧平垣村の豪農、松永家の邸宅の一部も移築されています。当時の有名な名所図会の版画に採り上げられたほどの豪邸で、各所に贅を尽くしたものでした。
私たちは、この欄に書ききれない程のさまざまな感慨を抱きながら、公園を歩きました。移築に至るいきさつや、その際の調査、工事のお話などもとても興味深いものでした。これだけたくさんの建物を移築し、例えば茅葺きの民家の囲炉裏には、定期的に火を焚いたりの管理も含めてとても大変だと思います。富士市さんの度量の大きさを感じました。
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        3階建て正八角形の屋根には避雷針!料理屋の玄関だった「眺望館」(富士市指定有形文化財)

博物館内には、富士山信仰や、地場産業の和紙や醤油づくりの歴史なども詳しく紹介されていて、とても勉強になりました。富士のこのあたりは、東西交通だけでなく、富士川水運で南北交通の要衝だったところですから、その本陣跡の建物も見学します。その駐車場への道順までお教えいただいて、広見公園を後にしました。I さん始め、富士市立博物館のみなさま、どうもありがとうございました。

富士川の西岸にある小休本陣常盤邸(こやすみほんじんときわてい)は、富士川渡船の際の休憩のための宿場、間宿(あいのしゅく)として栄えた岩淵村の名主の家です。江戸時代中期に小休本陣として勤め、紀州藩の技藩の第9代藩主 松平頼学がここで休憩したという記録などが残っています。
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上段の間がある6間取りの立派な造りでした。ご説明くださったMさん、ありがとうございました。

さて、お昼は、広見公園で見学した松永家の屋敷があった旧東海道筋、平垣村へ。屋敷跡に建っているフジホワイトホテルで、地元の名産の食材を使ったお弁当をいただきながら歓談。名物、茹で落花生なども入って美味しかったです。

食後は、東海道を東進して吉原の町へ。妙祥寺さんの駐車場をお借りできるよう、「憩いの茶の間」山大園の渡辺さんがご手配くださいました。ここを出発点に吉原宿のまち歩きをします。まち歩きのご案内をお願いした、地元の建築士の山崎さん、富士TMO(タウンマネージメント吉原の水谷さん、佐野さんが待っていてくださいました。
妙祥寺は、元享3年(1323年)創建、元和元年(1615年)と延宝8年(1680年)の2回の大津波、安政元年(1854年)の大地震とを経て、この地に建立されたという大きなお寺です。本堂の太い杉柱(富士宮産出の杉)、格子天井、大胆な細工の欄間など、見応えがありました。

境内を出て、東海道旧道へ。今、「つけナポリタン」が町おこしの名物ということで、何軒ものお店のショウウインドウに案内が…。ナポリタンは「昭和」ですね、つけ麺はこのごろの名物でもありますし、次回は味わってみたいです。
鯛屋旅館「吉原本宿」に立ち寄ります。ここは富士TMO吉原の拠点でもあり、歴史講座や物つくり教室を開くフリースペースなどもあります。歴史資料の展示は、吉原宿のさまざまな顔を見ることができて楽しかったです。
商店街も、一軒一軒のぞいていきたかったんですが、時間的にそれはかなわず…、
創業当時が偲ばれる木の大きな看板がある南岳堂さんに―。 わ~、懐かしい感じのお菓子があります。包装紙と、掛け紙のデザインが気に入って箱入りのお菓子を買ったのは誰ぁれ?!― もちろん、中身も美味しかったです!
吉原宿は、先程の妙祥寺の由来書にもあったとおり、江戸期の2回の大津波で、宿場全体が引っ越すという歴史があり、しかも明治期に大火事もあり、古い建物はあまり残っていません。しかし、東海道の宿場であったという歴史と誇りを今も大事にして、さらに新しい動きも作り出して町を考えていこうという富士市「まちの駅ネットワーク」の久保田さん(今回はお会いできず残念でしたがいろいろご手配いただき、ありがとうございました)や山崎さん、水谷さんら、たくさんの人たちの取り組みで、町のいろいろなものがしっかり掘り起こされています。「まちの駅ネットワーク」のしかけも市の観光課と市民のみなさんが一緒になって、ほっとスペースをつくっていて、また出掛けたくなりました。


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                 順天堂田中歯科医院 (吉原3丁目)

さて、通りから一本入ると、古い建物が残っています。順天堂田中歯科医院は、大正13年(1924年)に蒲原町からここに移築されたという洋風建築。ひときわ目を引きます。明治期の建物といわれています。風見鶏がついたドーム型の屋根も、下見板張りの外壁も、わ~、中に入ってみたい、ここなら歯の治療を受けてもいいかも…と思わせるものでしたが、残念ながら、今はどなたも住んでいないとのこと。ちょっとがっかり、そして今後が少し心配でした。

通りに面してお店はあるのですが、裏からお訪ねしたのが、内藤金物店さん。裏には伊豆石の2階建てのお蔵があります。とても立派な石で、屋根瓦も見事、そしてさすが金物屋さん! 各所につかわれている金属もどっしりと良いもので、みんな感心。表通りに面した位置にあったものを曳家(ひきや)したそうですが、保存状態もよく、もちろん今でも現役です。

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                内藤金物店 石蔵 (吉原2丁目)

お店のレジ前に座っていらっしゃった大奥さん、光恵さんは大正15年のお生まれ(あ、女性の年齢を…内緒だったかしら)。
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「毎日ここに座ってますよ。うちは国産の確かな品ばかり。そうその卵焼き器はね、底が厚くてしっかりしているから美味しく焼けるわよ、モチロン火加減は弱火加減でね…」と。しゃきしゃきの江戸っ子で昭和24年に嫁いでいらっしゃったそう。思わず、卵焼き器を買っちゃった会員のMさん。そう、私も、物はどこで、誰から買うかが大事なポイントだと思います。よかったですね。
あれ、話が横にそれたでしょうか。いえ、光恵さんが石蔵を曳家した時のことを話してくださって、やっぱり建物を見るときは、そこに住んでいらっしゃる方のお話が聞けるのが一番ということを書きたかったわけです。。。

少し歩いて、昭和10年代の商家という塩谷銅鉄さんへ。一目見て銅鉄屋さんと分かります。銅の雨樋や破風板の板金の飾りが立派。そして、昔は馬車便が通っていたというこの大宮街道沿いの商家の特徴である、出桁(だしげた)造り、1階も2階もです!ちょうど、建物の横側が空き地で横からもじっくり拝見できました。


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                   虎屋商店 (中央町2丁目)        

次は、明治末期築の商家、虎屋商店さんをお訪ねしました。木造2階建てで、外壁に伊豆石、2階部分の軒先は漆喰仕上げです。下駄屋さんを営んでいたそうですが、この広い間口にたくさんの下駄が並び、この辺りに帳場があったんだろうなと想像できる感じでした。当主の山崎睦郎さん(昭和19年生まれ)に戦前の写真を見せていただきました。家の人のほかにもたくさんの職人さん、丁稚さんなど…。ここは、「大渕丸太」といって杉やひのきの良材がとれたそうで、下駄の製造販売を手広くやってらしたとのことでした。裏のお住まいとの間にあるお蔵も見学させていただきましたが、とても厚い何重もの壁でした。防火対策は吉原の人々にとって最重要課題であったことがよくわかりました。

最後に、出発点の妙祥寺さんのお向かい、「憩いの茶の間」山大園さんへ。渡辺さんご家族が、美味しいお茶を淹れて待っていてくださいました。昔の地図や写真、渡辺さん手作りの前のお店の模型(家族7人、住み込みの従業員7人の大世帯!)などを見せていただきながら聞いたお話は、今日のまち歩きの集大成としてみんなの耳に残りました。

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                渡辺さんとお孫さんもご一緒に 記念撮影

江戸期の津波、富士川の暴れ、そして大火事と、さまざまな災害に耐えて現代の町の姿があるということを実感し、家の歴史を守り続けるたくさんの人たち、これからの町を真剣に考える人たちにお会いして、とても楽しく充実した例会になりました。
富士市のみなさま、ありがとうございました。また、お目にかかれる日を楽しみにしています。
                                                    〈ky。〉
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by sizu-min | 2010-03-02 17:57 | ・例会報告


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